カマキリを酔っ払いのようにあちこち歩かせ、最終的に水場へと導いて溺れさせる寄生虫がいる。いったい彼らの目的とは? サイエンスライターの大谷智通氏による新刊『眠れなくなるほどキモい生き物』(イラスト:猫将軍)より一部抜粋・再構成してお届けする。
特に年の瀬が近づくと、忘年会からの帰りだろうか、千鳥足で歩く酔客をしばしば見かけるようになる。アルコールが大脳新皮質や大脳辺縁系を冒し、小脳にまで達しているのだ。大脳新皮質は理性を、大脳辺縁系は本能と感情を、小脳は平衡感覚を司る重要部位である。
そんな状態で電車に乗ろうとして、駅のホームから線路へ転げ落ちてしまう人が後を絶たない。そして、そこに間が悪く電車が入ってきて、ひかれて亡くなってしまう人も。
鉄道会社によれば、転落事故の約6割はこのような酔客によるものだという。転落する酔客の多くは、ホームの中心から線路に向かって歩いた際、端にさしかかっているにもかかわらず躊躇(ちゅうちょ)なく虚空に足を踏み出してしまうのだそうだ。
カマキリが酔っ払って溺れ死ぬとき
自然界にいるカマキリが、一見これと似たような行動をとることがある。カマキリはまるで酔っぱらいのようにあちこちを歩き回り、川に近づいてなんら躊躇(ため)らうことなく水面へと脚を踏み出して、その中へと転げ落ちる。そして、そのまま溺(おぼ)れ死んだり、それを見つけた幸運な魚にパクリと食べられたりする。
もちろん、彼らはアルコールで酩酊(めいてい)しているわけではないが、その脳はある種の神経伝達物質のカクテルに冒されている。このカクテルをつくったものこそ、ハリガネムシという寄生虫である。
ハリガネムシは、線形動物から進化して分岐した類線形動物に属する生き物だ。成虫は長さ数十センチ、直径数ミリほどの細長い糸状の体をしており、体の表面がクチクラという硬い膜におおわれている。体節はなく、ミミズなどのように伸び縮みはしないが、グネグネとよく動く。その見た目がまるで「針金」のようだというのが名前の由来だ。
現在までに世界で326種、日本で14種が見つかっているが、種によって、カマキリやカマドウマ、コオロギ、キリギリスといった特定の昆虫を宿主とする。宿主の体内では体表から栄養を吸収して成長する。寄生しているのは幼虫で、成熟すると宿主の体からニュルニュルと脱出して、水中で自由生活を送るようになる。
私たちが比較的目にしやすい寄生虫で、秋口に道路上で車にひきつぶされたカマキリの傍(かたわ)らで、宿主と共倒れになったハリガネムシを見たことがある人もいるだろう。
故郷に河川などがある自然豊かな環境で育った人なら、子どものころに川や沼などの水辺でおぞましい光景を目撃したことがあるかもしれない。カマキリのお尻と思しきところから、のたうちまわるようにして長い長い針金のようなものが飛び出してくるシーン。それはちょっとしたホラー体験であり、子どもにトラウマを植えつけるには十分すぎるほどの迫力があったはずだ。
ハリガネムシは宿主の行動を操る
興味深いのは、このハリガネムシという寄生虫が宿主の行動を操るということだ。ハリガネムシに寄生されたカマキリはむやみやたらと歩き回るようになり、そのうち、きらきらと光を反射する水面を見ると、ろくに泳げもしないくせに水の中へ入っていったり、飛び込んだりしてしまう。
傍目(はため)にはカマキリが世を儚(はかな)んで入水自殺したかに見えるこの行為は、その体内に寄生しているハリガネムシによってそう仕向けられたものだ。
科学者が成熟したハリガネムシの寄生している宿主の脳を調べたところ、行動量や場所認識、視覚に関わるいくつかの神経伝達物質が、異常に発現していたという。そのなかには、ハリガネムシが大量に生産しているものも含まれているそうだ。
ハリガネムシに寄生されたカマキリは、水面の反射光に含まれる、電磁波の振動が水平方向に偏った「水平偏光」に反応していることが報告されている。つまり、この寄生虫はカマキリの脳に作用する神経伝達物質によって、彼らを活発に動きまわらせながら、水面の光を好むように仕向け、太陽や月の光を反射して輝く水面に身を投じさせているということになる。
同じことはカマドウマに寄生する種でも行われている。また、コオロギに寄生する種では、コオロギを操って鳴かなくさせるという。宿主のエネルギー浪費を防ぐと同時に、鳴き音で捕食者に見つかって一緒に食べられてしまわないようにしているのだろう。
ただの針金のような見た目をした生物が、別の生物の行動をここまで複雑に操っているということに驚かされる。
ハリガネムシがなぜわざわざ手間暇かけてカマキリの神経伝達物質をつくり、その行動を操って入水させているかというと、水中に脱出してパートナーとめぐり逢い、交尾をするためだ。
なかには、小さな水たまりでうっかり宿主から飛び出てしまうハリガネムシもいるが、そのような粗忽者(そこつもの)は水たまりが乾けば干からびて死に、まさに「針金」と成り果ててしまう。宿主にひどい仕打ちをしているようにも思えるが、ハリガネムシにとってもこの脱出はやり直しのきかない命がけの一大イベントなのだ。
脱出の多くは夏から秋にかけて行われ、水中で出会った雄と雌は絡み合って交尾をし、越冬後、翌年の5月から6月にかけて水中の石などに卵を産みつけて死ぬ。
1~2か月で卵からふ化した幼虫は、ユスリカやアカイエカ、フタバカゲロウといった川の中の小さな有機物を食べている水生昆虫に取り込まれてその体内に侵入。腸管を破って腹部へと移動し、身体を折りたたんでシストという硬い殻でおおわれた状態になって休眠する。
シストを体内にもった水生昆虫が羽化して陸上へと移動した後、カマキリなどに捕食されたり、死骸がカマドウマに食べられたりすると、ハリガネムシはその生き物の体内で休眠から目覚めて寄生生活を始めるのだ。
生態系さえ操作してしまうハリガネムシ
ある研究によれば、その地域のヤマメやイワナといった渓流魚が得ているエネルギー源の約60パーセントが、ハリガネムシに操られて水に落ちたカマドウマによるものだったという。
栄養豊富なカマドウマがたくさん川に飛び込んでくれば、渓流魚が普段食べていた水生昆虫は見逃されやすくなり、それらは、翌年に生まれるハリガネムシの幼虫の乗り物となる。
つまり、ハリガネムシが宿主を入水させるのは次世代によりよい環境を残すためでもあり、そのためにこの寄生生物は宿主のみならず生態系をも操作しているということになる。
ハリガネムシがいったいどこまで考えてこのような複雑なことをしているのかはわからない。おそらく何も考えていないだろう。これは、生物が気の遠くなるような時間をかけて行ったトライ・アンド・エラーの果てに偶然たどりついた、進化の妙といえる。
参照元:https://toyokeizai.net/articles/-/455326
みなさんの声
仕事中も釣りの事を考えている私も、すでにハリガネムシに操られているのでしょうか・・・
しかし記事の内容でみた食物連鎖の一角を担ってるんですね。凄いね。
かなりの高確率でハリガネムシはカマキリのお尻から出てきます。それだけ命中率が高いのは凄いと思う。
幼少期は何も考えて無かったが、こんなメカニズムなんですね‥‥ちょっと感心しました。
すごいのが出てきますね。苦手な人は見ないほうがいいかも。
美味しそうな実に誘われ、それを食べる為に果樹からもぎ取り、それを人間が歩いて元の果樹から拡散させて果物の生域を広げている。
果物は、わざと人間に食べられて種を繁栄させている。
人間は気付かぬうちに果物の美味しさに操られている。
毛虫を体内からむさぼり食べる、ヒメバチという寄生バチを見て、こう記しています。「慈悲深く全能である神が、ヒメバチを創造されたとは、どうしても思えない」と。
ヒメバチにはヒメバチなりの「事情」があるかもしれません。ですが、ダーウィンはぞっとして、神による生物の創造を疑い、進化論を唱える間接的なきっかけになったとされています。
寄生生物がどのくらい自然界に分布しているのかは、まだよくわかっていません。たしかに寄生生物による操作、いわばゾンビ化は、宿主にとってたいへん恐ろしいことです。ですが、表面的な現象にとらわれず、自然界の生態系全体のなかに位置づけると、もしかすると有意味な行為なのかもしれません。
カマキリが死んだら黒くてニョロニョロしたモノが体から出てきて、それは内臓の一部でまた再生するんだと思い、カマキリは生命力が強いな〜と思っていたよ。
どうしてそんなことを信じていたかは分からないが多分、一緒に遊んでいた友達がそう言ったのだと思う。
あれがハリガネムシだと知ってびっくりした記憶がある。
目が合うんだもん…奴とは…。睨まれて怖い。そんでセミを食していた…蒼白…。それに、近所の水溜りでお亡くなりになっていて、後日、ハリガネムシのことを知った日には………倒。
元々の生物が多細胞生物になった辺りから、何かそんな作用があるのかもしれんですな。
何だろ。この、わらわらと寄り集まった細胞たちが、この後どうする?みたいに情報をやり取りして。
さらに別々の多細胞生物たちが、わらわらと寄り集まって社会を作ってる。
いつか目的が達成されて、解放されるのか。
それとも、さらに何者かと寄生しあって違う生き物になっていくんでしょうかね。
遠い宇宙のどこかの生き物に出会うのも、ワクワクするようなドキドキするような、そんな気持ち。
鳥に食べられた後は、フンと共に移動してそこでまたカタツムリに寄生する…。
目に見えて寄生されている状況がわかるので、見た目はあっちの方がエグいです。
子供の頃、初めてその光景を見た時の恐怖と驚きは、今も鮮明に覚えてます。
人間の自然破壊により、自然界から生き場を無くした寄生虫は、数世代後の人間にの体に形を変えて住処として現れる。もしくは連鎖的に食物を通して人間が破壊される方向に向かう。
食物連鎖を寄生虫、微生物のレベルで世間にわかり易く、立証できればいいな。
肉食昆虫が増えすぎると餌となる昆虫が滅んでしまうこともあるのだろうが、そのバランスを維持しているのがハリガネムシかもしれない。って考えることもできるのかな。
水性昆虫であればトンボのほうが幼齢期のヤゴが水から上がってトンボになるのだからトンボのほうが条件に合いそうなものだと思うのですが。
その後の魚との関係を考えても自然界って微妙で絶妙なバランスで成り立っているように思います。
インターネットが普及してググるを知ったある日、雨 カマキリ 針金 を調べたときのことを今でも覚えてる
急いで係のおじさんに頼んでカマキリとハリガネムシを捕獲してもらったけど本当に衝撃的でした
こんな長いのか?!って位長いハリガネムシで、正直気持ち悪かったです(^_^;)
男の子の子供がいるので時々虫を捕まえてあげるのですが、カマキリはもう素手で触れません…。
人には寄生しないそうですが本当なのか…??
こういう自然化の不気味とか不思議は大人になっても楽しい
なので子供たちはカマキリ見つけると捕まえて一目散に水道へ直行ですw
無理に引っ張ると切れて増殖するから注意
それを鵜呑みにして近寄らなかったな
あんな長い寄生虫がカマキリのお腹に入っているなんて思わなかった
近くに水辺や川がないからなのかな?
でも尻から?見たくはないねえw
〜からのハリガネムシ…笑
子供の頃、頭にきて八つ裂きにした記憶がある。あの時はごめんね。
私が捕まえたオオカマキリとかは寄生されてなかった
ファーブルもこの寄生虫の研究をしたのだろうか?調べてみたいと思う。
すぐそばでその様子を元宿主のカマキリがじっと(まるであざけるように)見ていた。
「出る所を間違いやがって、ざまーみろ」と思ったかどうかは知らない。
とにかく、そのカマキリは爽快感あるいは優越感を感じていた、と思われる。
人間に寄生する人間を見てもやはりギョッとする。
良く焼きましょう
寄生虫は奥が超絶に深い。
まあ、今となってはカマキリすら触りたくないけどね。
科学の美しさ
ァァ〜
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