棋士の加藤一二三さん。「神武以来(じんむこのかた)の天才」と称され、中学生にしてプロ棋士に。藤井聡太七段(2019年現在)に破られるまで、62年間最年少棋士の記録を持ち続ける一方、2017年には最年長勝利記録も樹立。将棋界において数多の記録を樹立したレジェンド棋士である。
その一方、その天真爛漫なキャラクターと語り口から“ひふみん“の愛称で親しまれ、2017年の引退後も将棋の解説にとどまらず、各メディアに引っ張りだこの人気ぶり。
ひふみんが実践してきた「感情の整理術」
そんな加藤一二三さんが上梓した新著『感情の整理術123』では、「怒ったら損だから絶対に怒らない」と決めて、勝負の世界で長年実践してきた「感情の整理術」を披露している。
本稿では同書より、そんな加藤一二三さんらしい考え方が表れた一節を紹介する。
※本稿は加藤一二三著『感情の整理術123』(PHP研究所刊)より一部抜粋・編集したものです。
一勝一敗あるいは二勝一敗の精神でのぞむ
たとえば、将棋の試合で考えてみれば、一勝一敗と思っておけばいいわけですよ。
一勝一敗というか、ときに二勝一敗でもいいけれど、要は一方が負け続けてしまえば、それはダメですよ。
第一、一方がいつも正しいことを主張するなんてこと、普通はないと思ったほうがいいの。平和でありたいのなら、やはりよく考えたり、いろいろ知恵とか分別が必要だったりします。
将棋の世界に駒落ちというのがあります。駒落ちというのは、簡単にいうと、強い人と弱い人が対等に楽しく将棋を指すために、強い人は大きな駒を落として、相手と戦うことです。
こちらには飛車とか角がないから、相手と五分の戦いができる。そうすると、相手は劣等感に陥ることもなく、こちらは優越感にひたることなく、いいコミュニケーションができる。いろんな面において、一方が勝ちっぱなしじゃダメなんです。
相手が勝った、やったーと言って、また励みになるわけですよ。どんな場合だって、一方が負け続けだったら、それはやはり嫌になりますよね。
自分の考えだけが正しいと思い込まない
家庭生活でも、職場でも、いかなる場でも、争いごとが多いよりは平和であるほうが望ましいですよね。
では、実際に平和を生み出す生活をしていくには何が大切か。
人間関係で平和で生きたいと思ったら、人の言動をあまり批判しない、決めつけないということが肝心だろうと思います。
それから、自分の考えだけが正しいと思ってはいけない。
自分の考え方だけが正しいということは、なかなかありません。いつどんな場合でも、自分の考え方だけが正しいとなってしまったら、周りの人は困惑してしまいます。
人間関係で、自分の考えだけが正しくて、あなたの考え方はおかしいという態度をもち続けますとね、それは平和たりえません。
人間が、すべての事柄において、判断において、自分だけが正しくて、あなたの判断がおかしいということは、普通はありえないはずなんですよ。
相手の人格を否定するようなことは言わない
たとえば怒り。場合によっては嫉妬もあるでしょう。そういうごく自然に浮かんでくる感情を自然感情といいます。その自然感情をいかにコントロールするかということが大切だといわれています。
自然感情が湧くままに、赴くままに生きたとしたら、必ず失敗します。また、ほんとうの自分の幸せはこないともいいます。では、どうしたらいいか、その工夫が肝心になってきます。
たとえば、怒るようなことがあったとしても、「待てよ」と一度、相手の立場に立ってみること。「ひふみんアイ」です。
つまり結局、人間関係でひどいことを言われた場合、それを受けとめた人は「心の中にその言葉が張りついて殺される」ことになります。
わたくしはじつを言うと、日頃から注意しています。人間の言葉というものは、ときに冷酷な、ほんとうに無慈悲な言葉とかすごい言葉は、相手を殺すといわれていますから。
殺されるという比喩は的確で、人間の言葉によって死んだ数が、戦争で兵隊が死んだ数よりも多いといわれるのは、ここからきていると思います。
人が発する、冷酷な言葉によって人が傷つくし、当然ながらその場合、人間関係そのものが壊れてしまいます。
われわれが普通の日常生活で気をつけるべきことは、やはりいかなることがあっても、相手の人格否定はダメですね。
それと注意しておきたいのは、結婚相手の実家の悪口は言っちゃいけないというのもあります。
育ちなんてみんな違います。自分はいい家に生まれ育って、いい教育を受けて、いい暮らしをしてきたと思っている人がいたとします。そういう人が、自分とは違った環境で育った他人に対して否定的な考えを持っていると、それはうまくいきませんよね。
そういう思いが根底にあると、人が吐く言葉はものすごく、ひどい悲劇を起こしますから、それは制したいものです。
相手への悪口は、それが仮にほんとうだとしても、言ってはいけないことなんです。要するに、平和たりえない。平和が一番いいんですよ。
平和な人生を送るには何かというと、やはり思いやりというか、寛容な態度というか、ある意味、分別というものを身につけていきたいところです。
お互いの意見を出しすぎたり、自然感情を出し合ってしまったら、これはうまくいきません、というのがわたくしの言いたいことです。
参照元:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191025-00010000-php_s-bus_all&p=1
ネットの声
人柄がでてますね。
世の中にはそれに乗じてさらに攻勢をかけてくる隣国のような輩がいるのだから。
キリスト教の信仰通り左右の頬を叩かせてあげれてればいい、という理論は現実ではあくまで理想にすぎないかな。
確かに怒ってるのはイメージに無いけど、すぐムキになるしよく周りとトラブルを起こしてる。
時間切れ(反則。後に待ったと判断されて罰金と出場停止処分を受けた)を指摘されて言い返したり、野良猫への餌やりで近所の住民と揉めて裁判になったり。
敗訴した後も餌やりを続ける宣言してるし、自分が正しいと思えば絶対に折れない。
実績は文句なく偉大な棋士だし、悪気が無い事はみんなわかっているので愛されてはいるけど、人柄や人間性の見本になるような人かなぁという疑問はある。
自然感情を抑えれば、必ず反動がくる。
側から見れば訳の分からないタイミングでキレる人って、こういう事なかれ主義のタイプだと思う。
加藤氏はテレビで見る限りにおいても、感情のコントロールが苦手な人のように思えるし。簡単にキレるタイプなんじゃないかな。これを裏付ける逸話もある。
柔和さを出しているのは年齢を重ねたことによる処世の知恵でしょう。
いくつかのエピソードを思い出すよ(笑)
この件に関しては大谷の「イラッときたら負けだと思ってる」ほうが説得力があると思う。
加藤先生が、既にこういった境地に達せられているのか、理想とされているだけなのかはわかりませんが、こういった姿勢が正しいことだと認識していること自体、素晴らしいことだと思います。
私も、人(特に母親)に言われた言葉が心に刺さって抜けない事があるし、もういい年なのに泣いて抗議しちゃう事もあるけど、感情をコントロールして生きていきたいと思いました。
例えば、隣の半島方面への対応とかね。優しくしてれば図に乗るでしょう。連中は!
野良猫に餌付けして近隣住民に訴えられて敗訴してるけどね
仕事で怒る?これはもう論外。
それより生物的な妬みや嫌がらせをどうするかが問題になります。
ひふみんはその対象にないから正論言ってられると思います。
こういう高齢者って逆に裏で妬んでそうですが表には出ませんよね。
それくらい中には、何故これが悪いの?って苦労している人がいるんです。
いくら怒ったところで相手は変わらないから。
けど、それでも許せない人にはその感情を禁じ得ない。
そこまで音立てなくても。。という飛車成は何回かみました。
思春期の子供は偉そうにしていますが、中身は矛盾だらけ。日々戦っています。
いっそ負けて放ったらかしならラクです。
でもそれでは子供の為にならないと思っていたのですが、半分負けていいのかな。
調子に乗って勘違いやろうになりそうだけどなー。
が、自分には出来ない難しい
でも、だからといってバラエティー制作者は、これ以上不快になるひふみんイジリをしないで欲しい。イジメの構図に似てて笑えない
キレやすいわたしには難しいです
心に沁みました。
人生の折り返しで、改めて心に刻みたい言葉に出会えました。
ありがとうございます。
きっと全てが上手く回りはじめそう。
平和的解決が出来れば皆が気持ちよく生活出来る。
なかなか良い事と思ってはみても私には簡単には出来そうにない。
本を買って何度も読んだら身につくかな?
しかし、この文章。普段の訥々とした口調のひふみんからは想像できない切れ味。さすが棋士として長年戦ってきたのは伊達ではないというところか。
私もこれと似たようなことを意識し始めたら、人生がうまくいくようになってきました。
で、目立ちたがり屋さんなのかな?
ひふみんさんはアノ独特なニコニコ笑顔が持ち味、世の中色んな人がいる、だから面白い、そんな気にさせてくれる点ではいいね。。。
本、買おう
思想感にしても個人的に感服いたしました
周囲の人みんなに読んで欲しいなぁ。
でも中々実践できる人は少ない。
素晴らしい人物ですね。
それって正しいことなんだろうか?
能力の低い者がそれを謙虚に認めて能力の高い者に従うほうが、軋轢は生じるかも知れないが結果として自己を高めていける。
こちらのほうが正しいとは言わないが、ひふみんのアイデアが絶対とは思えない。
個人的には切磋琢磨できて尊敬しあえるような相手と一緒にいれるのが理想なんだと思うが…
腕振って顔を横に振るのが、ひふみんの怒り方。
自分を知っているということなのだろうか・・・
うな重のあとにうな重。
有名人になっても平信徒として毎週四ッ谷のイグナチオで神に祈ってるから。
信濃町の神を信じても真似できないよ。
すばらしい内容です。
自分の性格なのかなあ
重みが違うよ。
ですね。
まぁ、あの程度なら可愛いもんだから全然いいんですけど。
あれで感情のコントロール出来てるの?
「ひふみん」素敵だな。
指示機を出さない車、割り込んでくる車、横暴なクラクション鳴らしてくる車、などなど。
そういうのに遭遇したときにね、一瞬で「ハイお疲れ!」て言ってね、切り替えるの。
この「一瞬」てのが大事ね、練習してみて、だんだんできてくると、ちょっと「まぁみんないろいろあんだろな・・」となってきて笑、
もう、そんなイライラ、超どーでもよくなるから。
そしたら、そのほかのいろんなことも結構切り替えられるよ。
とりあえず、騙されたと思って、何度かやってみて。笑。
一通り主義主張を唱えた後は平常心に戻りますけど
あれだけ周囲に怒り散らしても一国のトップです。
どちらが「得」とか「正しい」とかは無いと思いますけどね。
ただ、傷つけないことを盲目に優先させ争わないこと=平和を「最優先」させることが「自分だけが傷つく状況を看過すること」になることもある。それが相手への非礼になることもある。つまり、まともに相手してないということ。。
優しいだけの男に実は女性はなびかないことが多い。何故か?
人にはその人特有の事情が必ずある。と、いうことは、自分にもある。
それを理解しあえる者同士なら、争いも益になる。本当に愛し合える。
ひふみんの争わない理論は、前提として「信じるに値しない相手」においては、上策。通常は信じられない人ばかりだから、その理屈で、一応は平穏な人生を送ることは出来る。それで良いかどうかは、その人の人生観による。何のために生まれてきたか、に依る。
キリスト教では「慈悲」は理解できないのも必定。。。
それは嘘だよ。
最初からハンデありきで勝負してもそれは互角では無いし、相手を格下と見做したからに他ならない。
それで勝てたとしても勝利の喜びは半分も持てないよ。
負けた側だってそもそも全力では無いから負けた言い訳も立つ。
それを良いコミュニケーション?
ただの卑怯な言い訳だよ。
目上に対してどうだこうだのたまっていたよ。
それに動じない相手こそ感情コントロールができてる人なんじゃない?
私なら、にらみつけるわ
まずは歯を直して鼻毛を切れ。
更に、自分のミスは謝らない。
でも現実には、周囲が大人の対応をすることでつけあがり、いい加減な仕事をする質の低い人間がいるのだから難しいところ。
猫裁判でご近所さんに迷惑をかけて注意されても注意されても他人の迷惑を顧みず、結局裁判までになってしまって..、
普通、ご近所さんや他人と少々トラブルになっても裁判までは中々いかないですよ。
よほどの事があったと考えられます。
本人は怒らずといっても、自分さえ怒らずに済めばOKでは困ります。
猫事件で敗訴したように周りに迷惑をかけて怒らせ続けるっていうのは如何なものでしょうか?
自分なんてすぐアイツが悪い、コイツが悪い、と思っちゃうわ。
時々思い出して自分に恥を感じさせたいもんだ
時間切れで逆ギレしたり野良猫に餌付けして逆ギレしたり頭おかしい逸話には事欠かない
管理人の率直な感想
これはあれですね。
自分もそうですが、周囲の人にも読んでほしい本ですね。
否定的な意見の方もいますが、ひふみんさんご自身も本来は感情的な部分があると認識していたのでしょう。
だからこういった感情コントロールを作り上げたわけだし心掛けている。
生まれ持って「絶対に怒らない人」ならば、最初からこんな理論は提唱しないし発想もしないはず。
日々、様々な事件や事故が起こっています。
中でも交通トラブルに関しては完全に感情の昂りによって起こっている。
100%と言っていいでしょう。
人間関係もそうです。
悪口を言わない。
それが理想ですが、愚痴っぽく言っちゃうときは正直あります。
なので僕は本人にも言うことにしています。
「そういうとこあるぞ」と。
じゃないと陰口になるので、それがイヤなんです。
ひふみんさんの例の「結婚相手の実家の悪口」には当て嵌められないですけどね。
これは胸の内に留めるしかない。
結局は、思いやりなのでしょう。
「平和」とか「人格否定はダメ」とか仰っていますが、思いやりが先行していれば結果はおのずと良い方向へ進むはず。
ただし、思いやるに値しない人間もいるんですよね・・・。
それが一番問題だ!
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