【津山三十人殺し】都井睦雄(22)を日本犯罪史上最悪の大量殺人へ駆り立てたもの

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今から83年前の1938年5月21日、日本の犯罪史に残る大事件が起こった。

一晩で30人を手にかけた「大量殺人」


1938年、岡山と鳥取の県境にある山間の村で、深夜のわずか1時間あまりの間にたった一人の若者の手で、30人の老若男女が惨殺された。世にいう“津山三十人殺し(津山事件)”である。

横溝正史の金田一耕助シリーズ『八つ墓村』のモデルになった事件といえばピンとくるだろうか。

徐州陥落に沸く日中戦争のさなかであるにもかかわらず、事件の報は日本中の人々を震撼させ、当時の新聞は一面で事件の詳細を伝え続けた。

しかし犯人は警察に逮捕されることなく、事件直後に近くの山中で自ら命を絶った。このため、事件の詳細は明かされないまま、警察の捜査は中止された。

その後も事件の詳細が不明のままだった最大の理由は、警察の捜査資料をまとめた「津山事件報告書」が、戦後しばらく閲覧できなくなっていたからだ。そのため1970年代から80年代にかけて、松本清張や筑波昭らの著作が事件を伝える主な資料として取り上げられ、事実関係が曖昧なまま事件の原因や経緯をめぐって様々な俗説が飛び交った。中には犯人の若者をダークヒーローとして崇拝する者まで現れた。

ただ最近の市民の調査によって、筑波昭の著作には創作の箇所が少なからず含まれていることが判明。バイブルだと思われた資料の信頼性が失われ、事件の解明はますます混迷を極めた。

最初に襲ったのは、実の祖母

事件は、1938(昭和13)年5月21日、中国山地にある西加茂村(現在は津山市)の貝尾集落で発生した。当時の貝尾の人口はわずか111人。全22戸のうち10戸(他に隣接の村で1戸)が襲撃を受け、一晩で村人の3分の1近くが命を失った。

犯人は貝尾在住の青年、都井睦雄(とい むつお・22)。事件が起きたのは午前1時半頃、朧月夜だったという。

5月20日の夕方、まず睦雄は犯行前に村へ通じる電線を切断し、村を暗闇につつんだ。

夜半過ぎ、睦雄は黒セルの詰襟服(学生服のようなもの)を着込み、茶褐色の巻きゲートル(脛に巻く布。怪我やうっ血を防ぐ)を装着した。足には地下足袋を履き、二つの懐中電灯を取り付けた鉢巻を頭に巻いた。首からは自転車用ライトを紐で吊り下げ、薬莢や弾薬を入れた雑嚢(リュックのようなもの)を左肩から右脇にかけた。

凶器の日本刀一振、匕首(小型ナイフ)二口は左腰に差し、上から革の帯で締めて、刀が揺れすぎないように整えた。また自ら改造した9連発の猟銃と銃弾約100個を携帯すると、あらかじめ磨いておいた大きな斧を両手で握り締めた。

殺戮の準備は整った。

睦雄はまず、同居する祖母のいね(80)の寝所へ向かった。そして、その首めがけて巨大な斧を振り下ろした。とっさにいねは、枕カバー代わりの手拭いの端をぐいっと噛み締めた。睦雄は老女の首を一刀両断…できなかった。睦雄は祖母の頸部めがけて数回にわたって斧を振り下ろした。何度目かでようやくいねの首は胴体を離れた。頸部の肉は損傷がひどく、出血も激しかったため、いねの寝床は血みどろになった。

彼が最初に選んだ犠牲者は、自分を長らく育ててくれた祖母だった。首がちぎれるまで幾度も斧を振ったということは、祖母に対する睦雄の恐怖や敵意が尋常ではなかったことを意味する。どうやら睦雄はこの祖母をとても憎んでいたようで、絶対に生き返らないように、首が胴体から離れるまで安心できなかった。

なぜ睦雄は育ててくれた祖母をここまで恨んだのだろうか。後述するが、睦雄の祖母に対する一連の行為は、犯行動機と密接に結びついていたと考えられる。

戦前の日本には、いまだに「夜這い」の文化が残っていた。特に貝尾のような山間部の集落は娯楽が少ないため、村内で男女関係が複雑に結ばれていたとされる。睦雄も何人もの村の女性に夜這いをかけていた。被害者の多くは、彼と性的関係があって、肺病(肋膜炎)を患った睦雄を馬鹿にしたり、笑いものにした女性とその家族だったという。

その後、睦雄は頭と胸のライトを点けて、闇夜の中、貝尾集落中の家を次々と襲撃した。恨みの少ない相手は急所を1発で撃ち抜き仕留めたが、強い恨みを抱いた相手には、子供であっても容赦せず、急所へ多数の直撃弾や刀傷を負わせた。その惨劇の模様をご紹介しよう。

独特な方法で「確実に」射殺する

最初に襲撃した家は、都井家と敷地が隣接する岸田勝之家(戸主の勝之は不在)だった。当時の貝尾には、夜間にカギをかけている家はなかった。

睦雄は半狂乱となって岸田家の納戸に躍り込むと、そこで寝ていた勝之の母つきよ(50)、弟の吉男(14)、守(11)を日本刀で斬りつけて、殺害した。

かつて睦雄はつきよに夜這いをかけたものの、断られたうえ、近所の人たちに面白おかしく暴露されたため、相当恨んでいた。また勝之と睦雄は同年代で仲が良かったものの、勝之は徴兵検査を優秀な成績で合格していたので、周りから病弱と馬鹿にされていた睦雄は強い引け目を感じていた。

襲撃2軒目は、西川秀司家だった。睦雄は表座敷から堂々と侵入し手前の四畳間に寝ていた西川トメ(43)の上腹目がけて猟銃を発射。トメは一撃で絶命した。このトメは貝尾でも好色で知られ、睦雄からお金を巻き上げて性的な関係を持ったこともあった。

しかし徴兵検査で睦雄に肺尖カタル(伝染性の肺病)が見つかってからは、彼の夜這いの様子を村の女たちに暴露して「マヌケ」と笑い者にしていた。このような女たちの嘲笑が睦雄の誇りを傷つけ、犯行の大きな原因となった。

睦雄は続いてトメの夫の秀司(50)、長女の良子(23)、妹の千鶴子(24)を銃弾の餌食にした。いずれも1発から2発で絶命させている。

睦雄は犯行前に入念に撃ち方を練習していたようだ。闇夜にもかかわらず、睦雄が被害者を1、2発で絶命させることができたのは、右腹の肋骨の下の部分から上方の急所である心臓へ向けて、確実に銃弾を命中させたからである。

胸の上から心臓を狙っても、銃弾は肋骨に阻まれる。そこで、右下腹部から上方へ向けて銃弾を撃ち込むことで、肋骨の下を通って心臓を直撃できる。この右脇腹下のことを右季肋下方というため、私は睦雄のこの撃ち方を「右季肋下方撃ち」と呼ぶことにしている。

3軒目のターゲットは、勝之家の下隣に位置する岸田高司家だった。睦雄は土間から侵入すると、岸田高司(22)と内妻の智恵(20)を右季肋下方撃ちで殺害。智恵は妊娠6ヵ月で、この胎児を被害者に含めると、実に「三十一人殺し」となる。この2人は西川トメの縁者だった。

隣の部屋には高司の母(70)と甥(18)が寝ていたが、やはり睦雄の猟銃の被害者となった。

(文中、「都井睦雄」以外は仮名を用いています)

参照元:https://gendai.ismedia.jp/articles/-/82995

みなさんの声

名無しさん
遺書に『自分は精神異常者ではない』と強く主張しているのが気になります。
彼を追い込んだ村社会の雰囲気もあったのかなと思う。
失う物が無い人程怖い物はない。
名無しさん
所謂男性弱者と言われる人だった。しかし知能が凄く腕力もあったから、ここまでの事件を逮捕もされずにやり通した。本人の性格にも問題があったと思うが、コミュニティの性質にも問題があったんだろう。
皆にとって悲劇だった事件でした。
名無しさん
山岸凉子さんが題材にして描いてたけど
複数の年増女性と関わった後に若い同年代の女と仲良くなり
それが年増組の不興を買ったとかあった
丙判定が出たことは除け者にする格好の口実になっただろう


名無しさん
辛い境遇には共感出来るが、同じような境遇にあった人が世に少なからずいる中
ここまでの凶行に及ぶものはほとんどいないのだから、異常者には変わりないと思う。
名無しさん
ここには書かれてないが、普段犯人に優しく接してた相手の事は見逃してやってるんだよな
名無しさん
仮に日本が銃社会だったらアメリカ並の乱射事件も起きただろう
と想像できる事件
名無しさん
この事件こそ、日本の村社会を映しだした縮図!それは、何十年経った現代に於いても、何ひとつ変わってはいない。日本人のイメージ、礼儀正しいとか調和協調を重んじるとは言われるものの、裏を返せば人の目を気にする監視社会であり、ひと皮を捲れば妬みや憎悪に塗れている。ただこれは、韓国社会も同じであり、極東の黄人特有の性質かもしれない。
名無しさん
戦争がなければ・・ですね
戦争に行く気満々で検査受けたらまさかの不可
それまでガンガン夜這いかけて答えてくれていた女達からも馬鹿にされ戦争にも行けないただのニート
幼馴染の寺井さんとの関係もすれ違い
寺井さんに夜這いかけるも失敗
他の都道府県に嫁に行かれ彼女が里帰りした夜に殺戮決行
寺井さんは殺されませんでした(殺戮中に対峙しますが本当に愛していた故に見逃された)(当て付けとも言われている)
故に彼女は大量殺戮のトリガーとして後々も迫害差別され地獄の様な人生を
いまだに生き証人として存命されています。


名無しさん
確かに、酷い環境下や風習、扱いによる抑圧された激しい感情がこんな悲惨な事件を生み出したかと思うと…
自業自得という言葉の重みを教えられるような事件ですね。
「失うものがない人を生みだす」のは、ある意味優しさのない社会にも原因があるのかもしれません。
名無しさん
複数の男性の夜這いを受け妊娠した場合、誰の子としたんだろう。
当時だから避妊なんかしなかったと思うが。
名無しさん
夜這いが当たり前の時代といっても、こんなにいろんな女性に夜這いかけるのが普通だったのか?そりゃ意に反してやられた方は悔しい思いもあるだろうし悪口だって言いたくもなるでしょう。
子供の頃の境遇は同情できる部分もあるが、夜這いかけまくりの青年期は異常でしょう。今風に言えば、やばいやつ。
名無しさん
村をあげての大人のいじめって事でしょ?
村八分や陰口たたいてイジメてたんだから仕方ないんじゃない?
イジメはそれほど人の心に傷をつけるんだから
名無しさん
必要の無い殺ししてる時点で異常者だと僕は思いますけどね。


名無しさん
小さな村あげてのイジメみたいなものがあったのかな?
名無しさん
彼の生い立ちを読みましたが、裕福だった彼から財産を奪った叔父こそ1番最初に復讐するべき相手だったと思います。
叔父が財産を奪わなければ、この村に移り住む事もなかったし、この事件は起きなかったかもしれません。
名無しさん
まあしかし張本人にしてみればしょせんはタラレバでしかなく、
狭いムラ社会で悪口を言い触らされて傷ついてしまった自尊心はもう元には戻らないということでは。
名無しさん
人を馬鹿にするのは簡単だけど、何も考えずに人を馬鹿にすると、人によっては恨まれて復讐される場合もあるってことだよね。
頭を使って、行動や言葉に気をつけないとなんだよね…
名無しさん
「お前は悪口を言わなかったから殺さない」
人を悪く言わないのって大事だなとしみじみ思う
秋葉原の「目が合った人は見逃した」
相模原の「自分の名前を言えたら生かす」
それが正義なわけではないけど、それぞれ犯人の基準があったり
(もちろん、殺しはいけない)
叔父のことは初めて知った
せめて叔父を脅してお金を取り戻せば、まだ平和だったのではと思う


名無しさん
無差別に殺したんではないんですよね
ちゃんと標的に対して動機があったんです
名無しさん
子供の頃岡山に旅行に連れて行ってもらった時、津山の北にある「八束村」という地名の村を車で通った。
父親が「ここが八つ墓村の舞台や」と言い名前も似てるし村はシーンと静まりかえってるしでついこないだまで信じていた。
オヤジ、全然違うじゃねーか!
名無しさん
八束村は観光地で有名な蒜山高原にあります。津山の北では無く西にちょっと離れてるんですよ。
八つ墓村の語呂はここから取った、と言われているのは確かに聞いた事があります。
名無しさん
大昔の事件ですが、いまだに都井が購入した鉄砲店などはひっそりと店構えを残しているし、都井の姉の子孫もおられるし、被害者の子孫もおられる。
事件があった現場は今も集落を残していて、生活している人もいる。
事件のあった加茂は今は津山市と合併し、津山事件となりましたが、実は津山市と加茂はとても遠く、津山から加茂に行くのはキャンプぐらいなので、
県外の人に津山事件を聞かれても津山じゃないし、よく分からないと言うのが本音です。
ですが、短時間で大量殺人を行ったこの事件はその精神性からも稀な事件で世界的にも有名で、研究の対象とされているそうです。
自殺する前の遺書に祖母を最初に殺害したのは、大事に育ててくれた祖母が自分の事件を目の当たりにするのは可哀想という理由で1番に殺害したと書かれていたそうです。
名無しさん
遺書、と言うものを本で見たことがありますが確かに「祖母は殺すべきでは無かったのに」みたいに書かれていたと思います。


名無しさん
西村望さんの「丑三つの村」に遺書のことも書いてあったように思う。
「殺さでよいものも殺してしまった」という部分を覚えている。
この「丑三つの村」は、古尾谷雅人さん主演で映画化もした。
レンタル店にまだあるかな。
おさらばでございますよ。
名無しさん
それにしては随分と首切断にこだわってるような。何かしら思うところはあったのでは?
…分かんないけど。
名無しさん
犯人が受診した医院も現業してるらしいですね。
名無しさん
津山市で思い出した 稲葉さんの実家だ
名無しさん
その割には残忍な殺し方だと思う。
やはり深層に何らかの怨念があったのかと。


名無しさん
たった1日でしかも1人で31人殺すのは体力もいるよね
世界の歴史的にも有名になるのはわかる気がする
やまゆり園はナイフだけで19人殺傷+α
疲れなかったのかしら。。
名無しさん
この子だけ残して逝くのは可哀想→無理心中
と同じで殺される側からすれば大迷惑なだけ
名無しさん
殺人者の家族として残すのは忍びないとかはwikiに書いてあったかな
名無しさん
事件から83年たっているけど、人間の心の内側にある残虐性のようなものは変わっていないので、こういう事件は昔だからあったわけではなく現代社会でもいつ起きてもおかしくない。
アキバの事件や、アニメ会社放火とかも形は違うけど追い込まれた人間という根本の部分は同じ。追い込まれた人は何をするかわからない。この津山の加害者はバカにされたことがきっかけみたいだが、自尊心は目に見えないし相手のダメージもわからない。学校や会社、人と繋がる環境はいろいろありますが、いじめや、会社で必要以上の重圧で人を追い込むことには何が起きるかわからない可能性があることを考えた方がいい。
名無しさん
昔は何も娯楽がない田舎では村人の男女同士で体の関係になるとか結構あったらしいね
今も昔もあまり変わりない感じがする
って言うか、田舎の人間が固い、堅実な生き方してるとは限らないんだね。


名無しさん
母親の実家の、あった地から更に上に行くと、八つ墓村の撮影が行われた場所があると子供の頃に祖母から聞きました。実際に、こんな事件があったんですね。
名無しさん
排除する社会の縮図。
ムラの陰湿さがよくわかる。
この男がしでかしたことは大罪でしかないが、彼を責めるだけでは見えてこないよな。
ムラの体質が陰湿なイジメそのもの。人を傷つけ追い込むんだよ。
ただ悲しんで耐える人、自殺する人、彼のように復讐する人…
やりすぎとは他人が感じることであって、本人からしたらとにかく許し難い恨みだったんだろうと思う。
今みたいにそこからすぐに出ていける時代でもなかったんだろうし。
名無しさん
男性はプライドが高い。かなりプライドを傷つけられ、憎しみに変わったのかも。
自分の病気もあり、人生をあきらめ、それなら憎んでる人を道連れにしたのかも。
ゾッとする事件。
名無しさん
別の読み物には最初の祖母の件、こんな大事件の後に祖母を一人残す事への罪悪感みたいな事が書いてあったが、ここでは恨みがあったと変わってた。
そこは本人にしかわからないかな。
名無しさん
おばあさんの殺害方法がこの記事のように斧を何度も振り下ろし斬首していたなら「怨念」としか思えない。


名無しさん
「夜這い」の習慣は戦後しばらく位まではあちこちで普通にあったからね。産まれた子供が誰の子なのかはっきりわからないこともあったけど、昔は子供はどこの子供であっても集落のみんなで協力して育てるという考え方が田舎では普通だったから、本当は誰の子なのかというのはあまり問題ではなかったのだろうね。
名無しさん
昔、田舎の婆さんから聞いたことがある。
あそこの家の末っ子は父親が違うと。
貧しい村だと季節に出稼ぎに行く人も多かったとか。
戦前は5人も6人も中には8人も9人も子供がいるのが普通だが、似ても似つかない兄弟が居るのも珍しくなかったとか。
貧しい時代の寒村では暗黙の何かがあったのだろうと思う。
名無しさん
うわぁ、気持ち悪…
現代の感覚ではとてもじゃないけど受け入れられない、時代違うから当たり前だけど。
名無しさん
以前 テレビでもやってましたが、当時結核にかかり村八分になり結婚もなしになったらしいです。
当人はいたって真面目な青年だったそうです。
犯行の夕方には 普通に挨拶もしていたらしいです。 かなり辛かったんだと思いますよ。
名無しさん
猟銃は散弾銃の筈だが、当時はどうだったのか。
散弾銃なら至近距離であれば2㎝ぐらいの円形に対象物を突き抜けるので、肋骨に当たってもほとんどの散弾は突き抜けると思う。
また猟銃がもしライフル銃であるならば肋骨ぐらいは簡単に吹き飛ばしてしまうだろう。いずれにしろ一発で効果が有り余るものと言える。(ピストルなら跳ね返されてしまうだろうが。)


名無しさん
黒セルの詰襟服(学生服のようなもの)を着込み、茶褐色の巻きゲートル(脛に巻く布。怪我やうっ血を防ぐ)を装着した。足には地下足袋を履き、二つの懐中電灯を取り付けた鉢巻を頭に巻いた。首からは自転車用ライトを紐で吊り下げ、薬莢や弾薬を入れた雑嚢(リュックのようなもの)を左肩から右脇にかけた。
八つ墓村などのお陰でこのビジュアルが具体的にわかる。
以前から気になってたのだが「二つの懐中電灯を取り付けた鉢巻」というのがよくわからない。上を照らすだけだから意味がないように思えるし、何よりも装着しにくいだろう。
最後まで頭に懐中電灯があったとすれば、どんな工夫で鉢巻で巻きつけたのか。
彼の執着心の現れの一つではないだろうか。
名無しさん
津山三十人殺しは、映画化されたのは俳優の古尾さんが演じたのが最初で、この映画をネットで以前見ました。当時はかなり問題昨で18未満見れ無い映画だった見たいです
見てると、それなりに凄さも有りました。
八つ墓村見たく脚色も無く、この映画を見た感想は、記事の内容に有る様な事を、そのまま映画した様な感じもします。
名無しさん
いまでも喜々として噂話を言っている人を多く見かける。
話してる本人は楽しいのだろうが、その分、怨みを買うことがある。
それにしても、コロナ禍にまつわる噂話(どこの、誰が感染等)は聞いていて嫌な気分にしかならない。
名無しさん
八つ墓村の元ネタだね。1977年の映画版は、主人公の辰弥役が萩原健一さん、金田一耕助役は渥美清さんだった。美也子役の小川真由美さんと春代役の山本陽子さんが綺麗で素敵でした。昭和53年のテレビドラマ、金田一耕助シリーズ。こちらの八つ墓村キャストは、なんと言っても金田一耕助役の古谷一行さんがドンピシャのマッチングで最高でした。このテレビシリーズは独特の静かでもの悲しい空気感が全編に漂ってて好きなんですよね。配役も美也子役の鰐淵晴子さんが妖艶で魅力的でした。このテレビシリーズは横溝正史の金田一耕助シリーズをかなり放映しましたのでファンの方は視聴必須ですよ。八つ墓村に始まり、犬神家の一族、悪魔が来たりて笛を吹く、獄門島、悪魔の手毬歌等、最高の内容です。DVD等もされているので、興味がある方は是非。
名無しさん
世の中には因縁と言うものが間違いなくある、それは今の科学では説明出来ないが、100年後の科学では説明出来るかもしれない。自分が知っている史実の中で見ても、確率的にも、とても偶然では説明できない事実がある。


名無しさん
人を小馬鹿にする人やいじめる人はやり返される覚悟を持ってやろうね、私は怖くて出来ない、覚悟を決めた人間、失うもののない人間はホントにやり返しに来るから怖いよ、身内も巻き添えくらうしね。
やり返さずに生きていても悔しいからから自分の気を済ませるためにやり返す、単純な思考だけどこれだろーなと思う、怖い怖い。
名無しさん
当時、映画「八つ墓村」のCMが怖かった。あの映画は金田一耕助を渥美清さんが演じていた。「寅さん」ではない渥美さんは新鮮だった。したが・・・あの頃は実話に基づいているとは知らなかった・・・。映画「丑三つの村」もこの事件をモデルにしているらしい。こちらは観ていない。
名無しさん
しれっと書いていますが、なぜ米国の図書館?に保管されているのですかね?
わざわざ当時の米国が調べる内容ではないと思いますが、戦後のゴタゴタで持って行かれたのでしょうか。
名無しさん
私は山岸涼子の作品でこの事件のことを知りました。
実際にあった事と知って受けた衝撃は相当なものでした。
今でもトラウマに近いものがあります。
ちょっと切なさもあって、子供心にとても印象に残った作品です。
名無しさん
映画は山崎努さんの迫真の演技が子供の頃はトラウマだったが、大人になってみると凄いメイクだった。
古尾谷雅人の映画もYouTubeで流れてたの観たが大場久美子とか出てたし、こっちも史実に基づいていて面白かったな。


名無しさん
彼の家は資産もそれなりにあって、実際この時代の子にありがちな尋常小学校卒が最終学歴じゃなく実習補習学校まで進学してる。学業も優秀だったから高等小学校からさらに上に進学出来ていればまた人生は変わってたのかもしれない。
名無しさん
少し話は変わるがこういった報復事件は社会を平穏に導くクスリのように感じる、何故ならこういった報復事件が起れば人々は他人にあんまな事やったら仕返しされると思って不要に誰かを攻撃しなくなるから。
まあ、だから報復をやっていいと言う訳ではないが。
でも、もし他人に悪行を為すのであればその悪行の数億倍の遺恨を自身が買ったと思うべきだろう。
名無しさん
津山市在住です。
なんで遠くの加茂町で起きた事件なのに津山事件って言われるんだろうって昔から思っていました。千葉にあるけど東京ディズニーランドって言われるような感じだったのかな?
まあ平成の合併で旧加茂町は津山市と合併したんだけどね。
名無しさん
こんな事を言っては何だが、残忍な殺人をしても刑務所の死刑執行はまったく残忍な方法ではなく、不条理なものである。有りとあらゆる苦痛の死を与える処刑方法であれば、今以上に犯罪は減るのではないかと思う事がある。
名無しさん
祖母を憎んでいたって本当かな?
遺書にはこう書いてあるよ。
ああ祖母にはすみませぬ、まことにすまぬ、二歳のときからの育ての祖母、祖母は殺してはいけないのだけれど、後に残る不憫を考えてついああしたことを行った、楽に死ねるようと思ったらあまりみじめなことをした、まことにすみません、涙、涙、ただすまぬ涙が出るばかり
憎んでいたのなら遺書にこんなことを書くだろうか?


名無しさん
古尾谷雅人さんが、この事件を元にし出演した映画有ったけどやはり見てて怖った。もし今の時代にこんな事件有ったらと思うと寒気がする。
名無しさん
むしろ直接手を下して命を奪っているだけに、
無人機攻撃や原爆投下に比べれば罪の深さはまだ軽いと感じる。
自分の愛する人達が、ある日突然顔の見えない悪魔に命を奪われる・・・。
憎悪を生まない筈がない。
名無しさん
どんな理由であれ人をバカにしちゃいけないってことですね。
でも、まれに親切にしたつもりなのに恨まれることもある。
難しいね。人間関係。
名無しさん
日本で最初の「無敵の人」。
社会ってこういう人を一定数必ず生み出すんだからあとは効率のいい凶器をどうやったら入手させないかしかないよ。
名無しさん
アメリカ西部の大学図書館に所蔵されていた「津山事件報告書」があったことに驚いた


名無しさん
昔ながらの過疎化の”村”のいびつな関係性と群れを作ると攻撃する者される者をどんな生き物でも作るそうだ。そのやられる側の追い込まれた末の犯罪か。
正当化は絶対に出来ないけどね
名無しさん
こんな事件があったなんて初めて知った。
ズレてるけど、懐中電灯2本を頭に縛り付けってなんか間抜けだなぁとか、重装備で荷物重そうとか思ってしまった…
昔すぎてあまりピンと来ないせいかなぁ
名無しさん
真相を解明することは大事だけど生き延びた人からすれば思い出したくもないことだったろうな。
名無しさん
この事件を初めて知ったのは、横溝正史先生が「八つ墓村」のモデルしたと知ってからで、『津山事件』は83年経った今でもショッキングな事件です。
名無しさん
子供の頃に観た八つ墓村の衝撃シーンがまさか現実にあったなんて
八つ墓村も確か岡山が舞台でしたもんね


名無しさん
未だに貝尾部落にゾロゾロやってくる猟奇事件マニアたちがいる。墓地に入って墓石をじっくり見て回ったり…。地元の住民たちも、もういい加減ウンザリしているとのこと。
名無しさん
島田荘司さんの龍臥亭事件が凄惨だった。
フィクションかノンフィクションに近いのか分からないけれど、あれを読むと殺した側の人間の気持ちも分かるから、なんとも切ない。
名無しさん
本当に恨まれていた人たちは生き延びてたってことでしょうか?
それと事件後、その村はどうなったのか、後日談とかはないのかな?
名無しさん
客観的な事実は明白。
主観を入れてこれこそが真実だと語るのは愚の骨頂。
名無しさん
この事件が繰り返し掲載されるのはなぜなの?意図があるの?なにか恨みでもあるの?サインくれなかったとか?


名無しさん
「丑三つの村」は良く再現されている映画だと思う。
名無しさん
八つ墓村のモデルになった事件。昔は簡単に猟銃が所有できたのですね。
名無しさん
10年前、津山によく仕事で訪れたが、なんかこう、好きになれない人が多かった。
名無しさん
上阪した際に同郷の友人の世話になってそのまま住み着いていれば呉の大西政寛のような人になってただろうに。
名無しさん
日本もアメリカみたいな銃社会なら大量殺人ありえるやろな、それにしても1時間で30人はやばいな。


名無しさん
この映画見たことあります。五月みどりや田中美佐子が裸になってますよね。
名無しさん
お姉さんはとっても良くできた人、とっても美人だったって。
名無しさん
丑三つの村はそのまんまの映画。
田中美佐子さんが可愛いんだ。
名無しさん
丑三の村のモデルになってる事も何故書かん!
名無しさん
どんな境遇、環境になったり、ならされたりしても 誰のせいでもねー。 自分自身で迷惑かけないで、感謝して 動き続けろ、そのうち明るくなる


名無しさん
この時代の50歳にアタックするとは…
名無しさん
何も子供まで狙わんでも。。。
名無しさん
いつも爆発した方が悪いってなるよね。
名無しさん
やはり人間は本気でキレると何をするかわからないな…
人間って改めて恐ろしい
名無しさん
濃茶の尼のモデルはいるのでしょうか?タタリじゃぁ


名無しさん
おお、これはSIRENっていうゲームの元ネタですね・・・
名無しさん
以前、テレビのドキュメンタリーでこの事件に関わった人のインタビューを見た。
犯人を振った事のある生き残った女性が、
事件の原因を作ったと噂され、村落から離れた山奥に1人で暮らしていた。親族が食料を定期的に運んでいるという。
村人は「あんな事件の原因を作っといてよくおめおめと生きていられるもんだ。村八分にあっても仕方ない」というような事を話した。
その女性は、申し訳ない思いやとにかくそっとしておいて欲しいと語り平身低頭。
犯人がどれほど迫害されていただろうかと、その土地の村社会を垣間見た気がしてゾッとした。
名無しさん
ここ事件、もともと犯人と婚約していたけれど犯人の病気を理由に別の男性と結婚していた女性が帰郷したタイミングに合わせて犯行に及んだとされているんだけど、その女性は難を逃れて2020年時点でも当地で存命していたとか。家族は殺されたので彼女も被害者のはずなのにこの事件の原因を作った人物とされていまも村八分の状態らしい
名無しさん
この地に住み続けるなんてかなりの強心臓ですね
名無しさん
犯人は死亡。村八分をやっていた村人たち自身も死亡していたり自分の知り合いや縁者だったりするので、その女性は責任や怨みを押し付ける体のいい生贄にされたのでしょうね。この期に及んでまた同じことを繰り返しているのにも気づいていない。
名無しさん
「丑三つの村」という映画を観ればよく分かります。
映画を観た個人的な感想として、最初の標的を祖母としたのは憎しみからではなく深い情愛があったからではないでしょうか。
これから始める自分の悪行のため祖母に迷惑が掛かったり非難されたりするのは忍びない。
彼は最初から自ら命を絶つ覚悟だったのではないかと感じました。
自決した後、残された祖母が犯人の身内として世間から非難されるのならいっその事・・・
映画にする以上、多少脚色部分があるとは思いますが、なんだか哀しく後味の悪い映画でした。
「皆様方、今に見ておれでございますよ」




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